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若きボウイの妄想と夢想の旅

立川直樹

 映画ではラストをしめくくるシーンになっている1972年7月6日木曜日の夜、人気テレビ番組“トップ・オブ・ザ・ポップス”に出演して「スターマン」を歌った時に全てが変わった。髪をオレンジ色に染めて両性具有を象徴するような衣裳で、アコースティック・ギターを抱え、ミック・ロンソンのギターを舐めまわすセクシャルなパフォーマンスでテレビの前の人達の度肝を抜いたデヴィッド・ボウイは1年間ほど続いたジギー・スターダスト&ザ・スパイダース・フロム・マーズのツアーでカリスマ的存在となり、2016年1月にこの世を去るまで誰にも真似の出来ない形で革新的で刺激的な“アート”の領域にまで入り込んだ創作活動を続けたが、“事実にほぼ基づく物語”というクレジットが出て始まる『スターダスト』は、ボウイがジギー・スターダストとして降臨する前年を描いた、実によく出来た、不思議な魅力を持った映画である。

 1971年2月に初めてのアメリカに向かう飛行機の機内で自らがビデオで演じた宇宙飛行士の夢を見て時空の溝に入り込んでしまう最初のシーンから最後までずっと続いていく奇妙なねじれ感。ボウイをワシントンDCの空港で出迎え、それから丸3ヶ月のアメリカでの「世界を売った男」プロモーション・ツアーをアテンドするマーキュリー・レコードのパブリシスト、ロン・オバーマンとのやりとりを含め、全てが生々しく、よくありがちな成功物語的な伝記映画とは完全に一線を画している。

 そして「1人の人間が何故アーティストになるのかを映画で描きたかった。何がその人間にアートを作らせるのか。…知らない彼を描きたかった。アーティストとしての彼を作り上げた心の旅を…」とコメントしている監督/脚本のガブリエル・レンジは、今まで余り伝えられることのなかったアメリカの旅を細かいディテールも含めて描いている。「今日はクールな客層だぞ」とロンが声をかけ、ライヴ・ハウスのステージに立ってギター弾き語りでジャック・ブレルの名曲「アムステルダム」をカバーするシーンと、ニューヨークでヴェルヴェット・アンダーグラウンドのライヴを見に行くシーンなどに「僕はR&Bのシンガーでもなければ、フォーク・シンガーでもない。線引きすることに意味を見出せない。リトル・リチャードとジャック・ブレルを合体させてバックがヴェルヴェット・アンダーグラウンドだったらおもしろいだろうと思ったよ」というボウイらしい言葉がフラッシュバックしてきたアメリカ滞在中の出来事。その対極にあるイギリスでのアンジーや友人達との退廃的でセクシャルな日々の描き方はそこに実際レンジがいたのではないかと思えるくらいにリアルだし、その時点ではまだイギリスで「スペイス・オディティ」1曲だけのヒットしかなく、音楽業界からはほとんど評価されていなかったボウイを演じるジョニー・フリンは表面的にボウイを演じるのではなく、内面にまで入り込んで世界に認められない苛立ちや、兄のテリーが多重人格障害で精神病院に収容され、自分にもその血が流れているのではないかという怖れなどを見事に演じている。実際にミュージシャンとして活動しているので、バンドをバックにしても、ソロで歌っても動きや歌のニュアンスがきっちりしているところもいい。

 それに加え、感心するのは選曲も含めて流れる音楽で1947年1月8日にロンドンのブリクストンでデヴィッド・ロバート・ジョーンズとしてこの世に生を受けたボウイが10歳で聖歌隊員になり、12歳のクリスマスの日にプラスティック製のアルト・サックスをプレゼントされ、初めて楽器を手にした時から進んでいった音楽との関りを表しているところだ。
 兄のテリーと車の中で歌う「ホワット・カインド・フール・アム・アイ」は14歳のボウイが見て、その声と巧みなステージの演出に感激し、「あれを機に僕は自分のスタイルがはっきり見えてきた」と述懐しているミュージカル「ストップ・ザ・ワールド・アイ・ウォント・トゥ・ゲット・オフ」に主演していたイギリスの俳優兼歌手のアンソニー・ニューリーの作品だし、ボウイが影響を受けたリトル・リチャードの「シェイク・ア・ハンド」といった曲も映画の流れにうまくはまっている。ラストにジョニー・フリンの歌で流れる「マイ・デス」はボウイがジギー・スターダストに別れを告げる時にアンコールで歌ったジャック・ブレルの作になる名曲で、ボウイが大きな影響を受けたスコット・ウォーカーがカバーしていたことを思い出すと、この映画はストーリー展開から細かいディテールまで含めて、デヴィッド・ボウイという分析するのが難しい天才と、ボウイがどのようにして“ジギー・スターダスト”というキャラクターを創造できたのかを理解するのには最高のものと言えるだろう。

 そして時間軸を分かりやすくするために書いておくと、ボウイの3作目のアルバム「世界を売った男」のアメリカ発売は1970年4月。イギリス発売は1971年4月。ジャケットが両国では異なっており、映画の中にも出てくるアメリカ盤はカートゥーン・カバーと呼ばれて背景のクロック・タワーは兄のテリーが入った病院の建物だとも言われており、それを後悔したボウイはイギリス盤ではブルー・ヴェルヴェットのソファにフレディ・ブレッティがデザインしたドレス姿で横たわる写真を使っている。映画ではワシントンDCの税関で係員がボウイのバッグから出した服を気持ち悪そうにつまみ「女性の服か?」と聞くと、ボウイが「マイケル・フィッシュのだ。幅広ネクタイのね」と言葉を返すシーンに同じデザインの服を作って使っているところも心憎い感じがするが、ボウイが口にする意味深で予見的言葉も含めて『スターダスト』は観るたびに新しい発見ができる映画でもある。